16Ω、32Ω、250Ω、600Ω……ヘッドホンのスペック表で見かける「Ω(オーム)」の数字。これが一体何を意味し、あなたのリスニング体験にどう関わってくるのか、気になっているのではないでしょうか。
この数字は「インピーダンス」または「抵抗値」と呼ばれ、実はヘッドホンの音の傾向や鳴らしやすさに深く関わっています。今回は、このインピーダンスの正体と、「高い・低い」が音にどんな違いをもたらすのかを、わかりやすく解説します。

そもそも「インピーダンス・抵抗値」ってなに?
インピーダンス、日本語で言うと「抵抗値」は、電気の流れにくさを表す値のことで、単位は Ω(オーム)で表されます。
インピーダンスと音量の関係
この値が大きいほど、ヘッドホンのドライバー(音を出す部分)を動かすための電気信号が通りにくくなります。
- 抵抗値が高い → 電気信号が通りにくい → 同じアンプ出力でも音量が取りにくい
- 抵抗値が低い → 電気信号が通りやすい → 小さなアンプ出力でも音量が取りやすい
一般的に、抵抗値が高いヘッドホン(例えば 250Ω や 600Ω)をスマートフォンやポータブルプレーヤーのヘッドホン端子に直接つなぐと、音量が十分に取れない、あるいは迫力に欠けると感じることがあります。
逆に、低い抵抗値のイヤホン(例えば 16Ω)は、スマートフォンなどの非力な出力でも容易に大きな音量が得られます。
あえて抵抗値の高いヘッドホンがある理由
「なら音量が取りやすいほうがいいじゃないか!」と思いますよね。それにも関わらず、プロ用の機器や高音質なモデルには、わざわざ抵抗値が高いヘッドホンが存在します。その理由は、音のクオリティ、特に振動板の設計と密接に関係しています。
ヘッドホンは、電気信号を受け取って振動板を動かし、空気の振動(音)を作り出しています。この振動板は、軽ければ軽いほど、入力された電気信号に対して素早く、正確に反応できるのです。
つまり、抵抗値が高いということは、より細い電線をコイルに使用していることが多く、結果として振動板全体を軽量化できる、という設計上のメリットがあるのです。
インピーダンスで変わる音の設計思想【例】
有名なヘッドホンのインピーダンスの値をいくつかみてみましょう。その機種が「どこで、どう鳴らされること」を想定して作られたかが見えてきます。
高インピーダンス:Sennheiser HD 600 / HD 650(300Ω)
- インピーダンス:300Ω
- 設計思想: 最高の繊細さ、自然な音の広がりを追求。
- 音のキャラクター: 軽さの追求により、音の濁りが少なく、ボーカルや楽器の質感が非常に滑らかでリアルに表現されます。ただし、スマホ直挿しだと音量が全然足りず、強力な据え置き型ヘッドホンアンプが必須。これがあって初めて、HD 600の持つ透明感と奥行きのある音場が引き出されます。
スタジオモニター:SONY MDR-CD900ST
- インピーダンス:63Ω
- 設計思想: プロの現場での使用を想定し、高い音圧(音量)と耐久性、そしてノイズ耐性のバランスを取る。
- 音のキャラクター: $300Ωほどではないものの、一般的なポータブル機よりは抵抗値が高く、スタジオのミキサーなどのしっかりした出力で鳴らすと、原音に忠実でタイトなモニターサウンドを発揮します。
絶妙なバランス:AKG K701
- インピーダンス:62Ω
- 設計思想: 広い音場感と高域の美しさを、比較的鳴らしやすい範囲で実現。
- 音のキャラクター: 300Ω台のモデルに近い「音の広がり」や「解像度」を目指していますが、インピーダンスを62Ωに抑えることで、より幅広いアンプで挑戦しやすくなっています。ただし、この62Ωは感度(能率)が低いため、実質的にはアンプが推奨されます。
一般的なイヤホンのインピーダンスの例
イヤホンは一般的に、30Ω以下の低インピーダンスが主流です。これは、スマホやポータブルプレイヤーの非力な電力でも効率よく鳴らすためです。
Audio-Technica ATH-E70
- インピーダンス:39Ω
- 設計の特徴: オーディオテクニカのプロ用モニターイヤホンのフラッグシップです。3基のバランスド・アーマチュア(BA)ドライバーを搭載しており、高解像度と忠実なモニタリングを目的としています。39Ωという値はBA型としては標準的で、安定した駆動力が得られやすい設計です。
Westone W30
- インピーダンス:30〜33Ω
- 設計の特徴:定番の3BAドライバー搭載リスニングモデルです。この抵抗値は、ポータブル機でも扱いやすいように設計されており、ノイズを拾いにくいというメリットもあります。マルチBA型は周波数によって抵抗値が変動しやすい特性を持ちますが、30Ω前後で安定を目指しています。
Ultimate Ears UE 900
- インピーダンス:30Ω
- 設計の特徴:4基のBAドライバーを搭載したハイエンドイヤホンです。プロの現場でも使われるUltimate Earsの技術に基づき、高音圧と解像度を両立させるために、BA型としては低い30Ωに設定されています。ポータブルアンプと組み合わせることで真価を発揮するタイプです。
高い抵抗値=高音質ではない
「抵抗値が高いから良いヘッドホンだ」というのは誤解です。インピーダンスは、あくまでヘッドホンの設計方針の一つに過ぎません。高インピーダンスと低インピーダンスについて、それぞれの特徴を下記にまとめます。
高インピーダンス (250Ωなど) の特徴
| メリット | デメリット/必要な環境 |
| 高音域の再現性が高い | ポータブル機器では音量が不足しがち |
| 音の繊細な表現、分離感が優れる | 十分に鳴らすために高出力なアンプが必要 |
| 業務用環境での接続に有利な場合がある | アンプを含めたシステム全体のコストがかかる |
低インピーダンス (16Ω∼32Ωなど) の特徴
| メリット | デメリット/必要な環境 |
| スマートフォンなどの非力な機器でも大音量が得やすい | 繊細な表現や音場感で高インピーダンスモデルに劣る傾向がある |
| 取り回しが楽、気軽に高音質を楽しめる | ポータブル用途でのノイズを拾いやすいことがある |
インピーダンスに関するよくある質問 Q&A
Q1. インピーダンスが高いヘッドホンは、音量が取りにくいって本当ですか?
A1.はい、本当です。
インピーダンス(抵抗値)は「電気の流れにくさ」ですから、数字が高いほど、ヘッドホンを動かすためにより大きなパワー(電圧)が必要になります。例えるなら、重たいドアを押し開けるようなイメージです。
スマホや非力なポータブルプレイヤーに高インピーダンスのヘッドホンを挿すと、ボリュームを最大にしても音が小さいと感じることがほとんどです。これらの機種のポテンシャルを引き出すには、専用のヘッドホンアンプが必須になります。
Q2. 「高インピーダンス=高音質」というのは、正しいですか?
A2. 正しくもありますが、少し誤解があります。
厳密に言えば、インピーダンスが高いこと自体が音質を良くしているわけではありません。抵抗値を高くする設計は、振動板を極限まで軽く、薄くすることを目的にしているケースが多いです。
振動板が軽くなると、音の反応速度(レスポンス)が上がり、高音域の繊細さや音の分離感(解像度)が向上します。つまり、「高音質を追求した結果、インピーダンスが高くなった」というのが真実です。
ただし、前述の通り、これを鳴らし切る強力なアンプがあってこその話です。
Q3. スマホで使うイヤホンを選ぶとき、インピーダンスはいくつくらいがベストですか?
A3. 16〜32Ωくらいが最適です。
スマホやPCのヘッドホン端子は、電力供給能力が限られています。この環境で使うなら、電気効率の良い低インピーダンスの機種を選ぶのが鉄則です。
特に、ワイヤレスイヤホンや一般的なカナル型イヤホンは、ほとんどがこの範囲に収まっています。低インピーダンスなら、ボリュームを上げすぎる必要もなく、バッテリーの持ちにも優位になります。
Q4. ヘッドホンアンプを選ぶとき、インピーダンスは何を基準にしたらいいですか?
A4. ヘッドホンのインピーダンスの「8倍以上」の出力インピーダンスを持つアンプを選ぶと理想的です。
アンプには「出力インピーダンス」というスペックがあり、これがヘッドホンのインピーダンスと近すぎると、音のバランスが崩れたり(特に低域の鳴りが悪くなったり)、周波数ごとのインピーダンス変動に影響されたりすることがあります。
一般的に、「アンプの出力 < ヘッドホンのΩ」が基本です。例えば、300Ωのヘッドホンを使うなら、出力インピーダンスが5〜30Ω程度のアンプだと、安定してヘッドホン本来の音を出しやすいです。
Q5. ヘッドホンとイヤホンで、インピーダンスの考え方は違いますか?
A5. 根本は同じですが、「鳴らしやすさ」の感覚は大きく違います。
どちらも抵抗値が高いほどパワーが必要ですが、ヘッドホンは耳から離れているため250Ωなどの高抵抗値はアンプなしではまず鳴りません。
イヤホンは、鼓膜に近いため30Ω程度でも音量は取れます。しかし、マルチBA型のようにインピーダンスが変動する機種は、アンプの質で音の表情が激変するのが面白いところです。
イヤホンの場合は、インピーダンスよりも「感度(能率)」と組み合わせて相性を考えるのが、よりマニアックで楽しい選び方になります。
まとめ
ベストなヘッドホンは、「抵抗値が高いか低いか」ではなく、「どういう環境で使うか」と「どんな音が好きか」で決まります。
- 自宅の据え置きアンプに接続して、じっくりと繊細な音を楽しみたい → 高インピーダンスモデルを検討
- スマートフォンやポータブルプレイヤーで、手軽に十分な音量とパワフルな音を楽しみたい → 低インピーダンスモデルを選択
リスニングスタイルと音の好みに合わせて、最適なインピーダンス(Ω)のヘッドホンを選んでください。




